成年後見制度は「生前の財産管理」に関する権限を委ねるものであり、遺産承継に関する機能はほとんど持ちません。認知症発症前に相続開始後までの準備を進めようとするなら、早めの遺言書作成など他の手段もあわせて検討しましょう。
下記ではまず、相続の観点から見た成年後見制度のデメリットについて整理します。
目次
成年後見制度のデメリット
成年後見制度が相続準備として不十分、あるいはまったく機能を持たないとされる理由は、下記2つの事情にあります。
後見人業務は本人死亡と同時に終了する
成年後見制度には「終了事由」があり、後見人の地位は(=財産管理や身上保護)は被後見人の死亡と同時に失われます。
したがって、後見人に選ばれたからと言って遺言執行まで任せられるわけではありません。支援者に死後の財産処分までやってほしい時は、あらかじめ遺言書を作成し、遺言執行者として指名しておく必要があります。
後見開始後の遺言書作成は原則不可
死後の財産処分について意思表示する力は、法律上「遺言能力」と呼ばれます。
遺言能力とはすなわち健康な人の持つ判断能力であり、客観的に「正常に意思表示できそうにない」とされる状況下で作成された遺言書は、効力を持ちません。認知症の診断を受けた後や、後見開始の審判が始まった後の状態が該当します。
本人が遺言書を作成できない状態なら、支援者に委ねるのはどうでしょうか。
結論を述べると、後見人による遺言書作成もまた不可です。後見人に与えられる「代理権」には、身分行為(法律上の親族同士の関係に変更等を加える行為)が含まれていないからです。
高齢者や障害者を後見人とするときの問題点
特に注意したいのは、被後見人となる可能性のある人同士が支え合っている家庭です。子世代と離れて暮らす老夫婦や、障害者の子を持つ世帯が該当します。
この場合に懸念されるのは、世帯全員分の相続準備が整わないまま二次相続が発生したときのトラブルです。
例えば、子どものいない老夫婦のうち年上の夫だけが遺言書を作成している状況があるとします。その後認知症を発症した夫の後見人として妻が選任されたものの、後見業務に忙殺されて遺言書作成できないうちに妻も障害を抱えるとどうなるでしょうか。
第一に、妻も障害を抱えた時点で後見人業務は終了します。したがって、夫婦の生活ぶりを知らない子世代や親類、あるいは専門家等に後見業務を任せなければなりません。
第二に、二人とも健康だったとき「夫婦の死後どのように財産を処分するか」決めていたとしても、妻の相続開始時期が夫より後になると、予定通りの遺産承継が出来ません。
以上のような想定を踏まえ、あらかじめ相続人の認知症リスクと相続対策までカバーできる手立てが必要です。
成年後見制度のデメリットを補う手続き
以上で挙げた成年後見制度のデメリットを補う制度・手続きとして、下記のようなものが挙げられます。
家族信託
後見業務の一部に遺言機能を組み合わせたものが、信託銀行等の登録業者が扱う「家族信託」です。
家族信託では、まず相続させる予定の財産を「信託財産」として切り出します。その後、認知症リスクのある人を「委託者」・信託財産を生活費等に必要とする人を「受益者」とし、契約内容に沿って「受託者」が信託財産の管理を行います。
【例】老夫婦のうちの夫が、それぞれ認知症になった場合に備えて子に財産管理を任せようとする場合
→受託者兼第一受益者は夫・第二受益者は妻・受託者は子として「家族信託」を開始する
- 夫婦ともに健康である時期:子が財産管理しながら夫に生活費等の給付する
- 夫が認知症を発症したとき:1を継続
- 夫の死亡時:子が財産管理しながら、妻に葬儀費用等の一時金や生活費等を給付する
- 妻の死亡時:子が信託財産の残余分を受け取る
例の1~4の流れはすべて信託契約内で指定できます。母の遺言がなくとも、父から子までの遺産の流れをつなげられるのです。
後見制度利用の主な目的である「財産管理」に関しても、父母のどちらが認知症を発症しても信託契約によって実施されます。
【注意】家族信託に「代理権」はない
家族信託は受託者に「代理権」を与えるものではありません。
後見制度で付与される代理権には、財産の管理処分権のほかにも「本人に代わって法律上の契約を結ぶ権利」が含まれ、代理権そのものには「本人の日常をサポートする義務」が付随します。他方、家族信託では、財産の管理処分権の設定しかできません。
より分かりやすい例は、家族信託の受託者が委託者のために老人ホームの入居契約を結ぼうとするケースです。ただ信託契約があるというだけでは代理での手続きに対応してもらえないため、別途後見開始の審判を申立てなければなりません。
遺言代用信託
家族信託と同じ仕組みや機能を持つものの、信託銀行等の登録業者が受託者となる契約を「遺言代用信託」と呼びます。
財産管理を任せられる親類に心当たりがない場合や、相続財産とは別に認知症リスクのある家族構成員のための生活費を確保したいときに便利です。
【例】夫婦ともに子に全財産を相続させる旨の遺言をした上で、それぞれ認知症になったときに備えて最低限の生活費を得られるようにしたい場合
→受託者兼第一受益者は夫・第二受益者は妻・受託者は信託業者とし、生涯必要とする現預金を信託財産として切り出す
- 夫婦ともに健康である時期:信託業者が財産管理しながら父に生活費等の給付する
- 夫が認知症を発症したとき:1を継続
- 夫の死亡時:子が信託財産以外を相続し、信託業者は妻に葬儀費用等の一時金や生活費等を給付する
- 妻の死亡時:信託が終了し、子は妻の財産を相続する
注意しなければならないのは、やはり遺言代用信託も「代理権」の設定はできない点です。後見制度を組み合わせ、機能を補完し合うように計画を立てる必要があります。
おわりに
成年後見制度には遺言機能がなく、死後の財産処分の計画までは実現できません。健康が維持できているあいだに遺言書を作成しておき、必要に応じて信託の活用も検討しましょう。
成年後見制度については下記の記事でも詳しく解説しています。
認知症の家族を相続手続きに参加させるには?―「成年後見制度」について